"A Friend in Need"  (真の友)
原作者 William Somerset Maugham

あらすじ
ビジネスマンとして名が売れた男性と、遊び人として名が売れた男性の話。
感想
これぞモーム。イギリス人の陰謀臭さ、人間の心を描ききった作品。神戸(明石海峡)が舞台なので親近感を感じます。だって、塩屋とか垂水とか知ってる名前がたくさん出てくるんだもん。
訳してみての感想
意味は取りやすい作品。モーム臭さを文体からどう出すかが難しいところでした。
意訳度―B原文忠実度―B熱心度―A




 ここ30年ほど、私は人間っていう物について考えてきた。しかし、さっぱり分からんな。顔についてばっかり考えるのも確かにナンなんだが、私達が人と会うとき、大抵は顔で判断するものだ、と思う。あごの形とか、目の綺麗さとか、口の形で判断してしまう。でも、これで大概あってるのかなって思うんだ。小説とか劇がしばしば人間の真を描ききれないのは、多分、著者が登場人物を完全に矛盾しないように描いているからだと思うんだ。登場人物が分かりにくくなるから、自己矛盾をきたした様に描く勇気は無いみたいだけど、自己矛盾っていうのは大半の人がそうなんじゃないかな。私達は、矛盾しあったものをでたらめに寄せ集めたものにしか過ぎないんだ。論理学の本でも見たら書いてあるんだろうね。「黄色は管だ」とか、「感謝の気持ちは空気よりも重たい」とかいうのは、論理的破綻である、ってね。でも、人間を作り上げているのが色んな矛盾だ、って考えると黄色が馬だろうが馬車だろうが、感謝の気持ちが来週の半ばだろうが、当たり前のような気がしてくる。人の第一印象っていっつもあたるんだよね、っていう話を聞くと肩をすくめたくなる。洞察力がいかれているか、よっぽど見栄っ張りなだけだ。なぜなら、私の場合は長く付き合えば付き合うほど分からないことが多くなってしまうからだ。全然理解不能な人を挙げろと言われれば、親しくしてる旧友が間違いなく挙がってくる。
 何でこんなこと思い出したのかっていえば、今朝新聞でエドワード・ハイド・バートンの死亡記事を読んだからだ。彼は貿易商をやっていて、日本にずっと居たんだ。私は彼のことをほとんど何も知らないが、関心は抱いていた。というのも、昔彼にびっくりさせられたから。彼本人から聞いたのでなければ、そんなことを彼がしたなんてとても信じられなかったろう。彼がそんなことをしたなんて聞いた時は、とんでもなくびっくりしたもんだ。何せ、身だしなみから礼儀正しさにいたるまで完全無欠な人だったから。もし、矛盾のない人が地球上に居るとすれば彼を置いて他には居なかった。ちっちゃくて痩せた奴だった。たったの160cmしかなかったが、すらりとして見えた。白髪と青い目の皺の深い赤い顔だった。初めて会った時は、還暦は迎えてるなと思ったね。年・身分相応に、いつも地味で小奇麗にしていた。
 事務所は神戸にあったが、バートンはよく横浜に出張してきた。そこで船を待って数日過ごしたことが偶々一度だけあったんだが、その時に「英国倶楽部」で彼に紹介されたんだ。ブリッジをやったね。うまかったね、気前もいいんだ。その時も後で飲んだ時も、そんなにしゃべる方じゃなかったね。でも、しゃべる事は筋が通っていた。もの静かに、にこりともせずにユーモアを放つんだ。その倶楽部では名が通っているらしくて、後で居なくなってから聞いてみたら、最高なやつだ、って言ってたな。偶々同じグランドホテルに泊まっていたから、次の日夕食に誘われた。ふっくらとして微笑を絶やさない彼の老婦人と二人のご令嬢と一緒だった。明らかに円満で優しそうな家族だった。最も印象的だったのはバートンが温和だったことだ。穏やかな青い瞳には何か惹きつけるものがあったね。物静かな声だったよ。怒りで声が上ずることなんてありそうにもなかった。笑顔も穏やかだったしね。本当に相手思いで惹きつけられる人っていうのは彼のことだね。魅力があった。でも、感傷的なところが少しも無いんだ。カードゲームとカクテルが好きで、気の効いた話をかいつまんで話せた。若い頃は、ちょっとだけ陸上をやっていたらしい。ちょっとした財産はなしていたが、全部自分で作ったやつだ。彼が小さくてひ弱かったと知れば、誰でも彼のことが気に入ると思う。守ってあげたいと思うんだ。飛行機にさえ乗れないんじゃないかと思うはずだ。
 ある日の昼下がりだ。ホテルのラウンジに座っていた。関東大震災の前だったから、まだ皮製の肘掛け椅子がおいてあった。窓からは港の混み合った様子を俯瞰することが出来た。バンクーバー行き、サンフランシスコ行き、あるいは上海、香港、シンガポール経由のヨーロッパ行きの大型の定期船が停泊していた。各国から不定期貨物船が集まっていた。一目で使い込まれていると分かるやつだったが、船尾が高く、色のついた帆のジャンク船(ピッパ注;中国の大型船のことです)、無数のサンパン船(ピッパ注;中国の小型船のことです)も、出航のときを待っていた。賑やかで活発な眺めだった。だが、なぜだかは分からない。とても心が落ち着いたんだ。夢に満ちた冒険の香りがした。そして、手を伸ばせばそれに触れそうに見えた。
 しばらくするとバートンがラウンジに入ってきて、私を見つけて、隣に腰を下ろした。
 「ちょっぴり飲まないか。」
 そう言うと、彼は手をたたいてボーイを呼びジンフィズを二杯注文した。ボーイが持ってくるのを待っていると、外の道を男が通りかかった。そいつは私を見つけて手を振ってきた。
 「ターナーと知り合いだったのか。」私が会釈するのを見て、バートンは言った。
 「あの倶楽部で知り合ったんだよ。ロンドンから金を送ってもらっているって聞いたがな。」
 「多分な。ここには大勢そういうやつがいるよ。」
 「そう言えばブリッジがうまかったなぁ。」
 「普段からいっつもやってやがるからな。去年ここで会ったやつで、奇妙にも私と同姓のやつがいてな。知ってる限り一番上手いな、ブリッジ。お前さん、ロンドンじゃぁ会ったことは無いんじゃないかな。レニー・バートンだったっけな。相当良家のやつが集まる倶楽部に出入りしてたと思う。」
 「ああ、そいつは知らん。」
 「ブリッジの腕は天才的だったよ。あのトランプの腕は天性だ。かみがかってたよ。よく遊んだもんだ。短い間だったが神戸に来てたこともあったっけな。」
 そう言うと、バートンはジンフィズをすすって話を続けた。
 「まあ妙な話なんだけどな。ほんと悪いやつでは無かったよ。ああ、好きだった。いつも着こなしていてきまってたな。カールしてる髪とほんのりピンク色の頬がかっこよかった。ご婦人方には受けが良かったね。乱暴でもなかったな、ただちょっと奔放に過ぎるだけだ。もちろん、アルコールはよく飲んだな。ああ、こういうやつにはありがちなことさ。3ヶ月働いて少し金が手に入る頃には、トランプで倍にしてるんだ。俺はやつのお得意様だったよ、全く。」
 クスクスとバートンは笑った。私の経験では、バートンは好んでブリッジで負けているといった感じだった。彼はあごの剃り跡を細長い指でなでた。その指は静脈が浮き出ていて、ほとんど透き通っていた。
 「だからだと思うんだよな。やつが一文無しになった時に俺のところに来たのは。後それと、同姓の誼ということもあっただろうな。ある日事務所に来ると、雇ってくれ、と言い出した。相当びっくりした。やつが言うには、本国からの仕送りが止まったので働きたいそうだ。俺は聞いたよ何才かって。
 『35。』彼は言ったね。
 『今までに就いたことのある職は?』聞いてみたさ。
 『いや、特に何もやったことは無いんですけどね。』こんなこと言いやがる。笑わずにはいられなかったね。
 『悪いんだけど、今のところは何もしてあげられないね。』言ってやったさ。『5年たったらまたおいで。何が出来るか考えてあげるよ。』
 やつは動かなかった。相当真っ青だったね。しばらくためらっていたが、ここしばらく運が悪くてトランプで負け続けたんだと言うんだよ。ブリッジにこだわる気は無かったので、ポーカーもやってみたら、騙されて一文無しになったそうな。持ってるもの全部賭けちゃったそうなんだよ。ホテル代も払えなくなって、つけも断られたんだとよ。全く落ちぶれてしまったんだ。職を見つけられなかったら、多分自殺するしかなかったね。
 彼をしばらく見てみた。完全に参っていたのがもうはっきりと分かったよ。普段よりも飲んでいて、50にも見えた。もう彼を見かけても、ご令嬢方は気にも留めなかっただろうね。
 『あのなぁ、トランプ以外に何か出来ること無いのかよ。』聞いてやったさ。
 『泳げます。』そう答えた。
 『泳ぐだって!?』
 我と我が耳を疑ったね。そんな答えをするなんて気が狂っているとしか思えなかった。
 『大学時分泳いでいたんです。』
 やつが何を言いたいか、なんとなく分かったよ。大学の時、泳げるというだけでちょっとした人気者だったやつを腐るほど知ってたからね。
 『俺だって若い頃は泳ぐのがうまかったもんさ。』
と言いかけたんだが、突如としていい考えが浮かんだんだ。」
 話をいったん止めると、バートンは私に向き直った。
 「神戸に行ったことはあるかい。」彼はそう尋ねた。
 「いいや。ないね。」私は続けた。「一度通り過ぎたことはあるにはあるが、一夜過ごしただけだからな。」
 「じゃ、塩屋倶楽部は知らないんだな。若い頃、そこから沖合いの灯台まで泳ごうとしたことがあるんだが、垂水の河口でやっとこさ陸にはい上がれたんだ。5キロ以上あるぜ。灯台の周りを流れる海流の影響で考えてるよりもはるかに難しいんだ。そうだ。我が親愛なる同姓の彼にこのことを話した上で言ってやったんだ。もし、これをやってのけたら仕事をやる、ってね。
 彼が面食らっているのが良く分かったよ。
 『あれ、泳げるんじゃなかったの?』そう言い放ったよ。
 『最近体が言うことを聞かないんだ。』やつはそうやって言い逃れようとした。
 もう俺は何も言わなかった。肩をすくめてやった。しばらくやつは俺をじっとみつめていたが、やがてうなずいた。
 『...分かった。』やつは続けた。『いつ始めればいい?』
 俺は懐中時計にちらりと眼をやった。10時過ぎだった。
 『泳ぐのに1時間15分以上かけるな。12時半に車で海岸に行くから、そこで落ち合おう。一緒に倶楽部に戻って着替えたら、昼ごはんを食べる。どうだ?』
 『決まりだ。』やつは言った。
 握手をした。やつの幸運を祈ってやった。やつは出かけていった。その朝はやらなきゃならん仕事が山とあったので12時半にしか、垂水海岸には出向けなかったんだよ。だが、急ぐ必要はなかったんだな。やつは2度と姿を見せなかったから。」
 「いざという時になって怖くなって逃げたのか。」私は尋ねた。
 「いいや。逃げなかった。ちゃんと始めてた。だが当然、やつは飲酒と放蕩生活がたたって、健康を害していたんだな。灯台の周りの海流はやつの想像以上だったんだ。3日程、死体さえあがらなかったんだからな。」
 私は、しばらく、いや、かなりの間、言葉を失った。ちょっとショックだったんだ。しばらくして、バートンに尋ねた。
 「その提案をした時、知ってたんじゃないか、やつが溺れるって。」
 彼は、ちらっと優しい笑顔を見せると、その優しさをたたえた素直な青い瞳で私を見つめた。彼はあごをなでて言った。
 「そうだな、その頃うちの事務所にも余裕はなかったんだよ。」

原典 ― The complete short stories of W. Somerset Maugham
出版者 ― London ; Melbourne ; Toronto : W. Heinemann
出版年 ― 1951
著者 ― Maugham, W. Somerset (William Somerset), 1874-1965
訳者 ― Pippa

Copyright (C) 2004- Pippa
初版 2004年10月6日、最終更新 2004年10月6日


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