後書き 虚構の摩天楼は本物の街東京亜大陸



後書き

いつの間にか、さるぴあ丸は東京湾に浮かんでいる。開放的な南国の青い空と、黒潮で黒く染まる美しい海は既に目の前にはない。
その代わりにあるのは、工場の乱立する埋立地、その工場からの排煙と排気ガス、そして低気圧でくすんだ曇り空、妙な匂いのする灰色の濁った海。その曇り空から羽田空港に絶え間なく離着陸する飛行機、この濁った海をひっきりなしに行きかう貨物船やタンカー。数時間前に見ていた光景とは明らかに異質のものが広がっている。

さるぴあ丸はレインボーブリッジをくぐり、隅田川河口の竹芝桟橋に近づく。
デッキがぱっくりと口をあけ僕達を待ち構える。日常への扉だ。"Somewhere over the rainbow"と歌いながら魔法使いオズの国に飛ばされた少女ドロシーは、冒険を終えた後竜巻と共に元の世界に戻ってきた。"Sumida River below the Rainbow Bridge"と歌いながら、僕は今、薄汚れた自転車赤兎馬鹿号と共に日常世界へ戻ろうとしている。

この時真剣な思いで旅日記に書き綴ったことを正確に写したのが今の文。
後になって見てみると恥ずかしい。言うまでもないことだが、かなり怪しい英語だ。大体、固有名詞のBridgeに冠詞がついている時点で笑える。橋の名前にはTheをつけないってのは高校生でも知ってるよ。しかも、UnderじゃなくてBelowだと橋の下流側という意味になってしまう。こんなんで英語が得意だってつもりなんだからさ、帰ってきてすぐにTOEFL受けるんだからさ、笑っちゃうぜ。こんなんじゃ大学の英語で可を取っちゃったことも言い訳できないな。恥ずかしいったらありゃしない。良い子の受験生の皆さんはこんな英語は使わないように。

家を目指して走る。東京亜大陸横断の仕上げだ。夏の終わりの夕暮れ時、セレブな買い物客でごった返す銀座の町を汗と泥にまみれた自転車で走り抜ける。選挙カーだ。僕が旅行に出ている間に、衆議院選挙が公示されたのだ。浦島太郎の気分である。

僕は東京、特に銀座が嫌いだ。無駄に着飾りうわべだけ繕い、内面を隠す。そんな欺瞞のセレブが摩天楼やビルの間にうじゃうじゃひしめきあっている街。そして、その摩天楼やビルは多くの場合、中が見えない、外界の光線を全て跳ね返すマジックミラーで完全武装している。そんな虚構に満ち満ちた街、着飾らない者を受け入れない街、ヨソモノを拒む街が息苦しくてたまらないからだ。僕は、そんな虚構の街と四六時中付き合うだけの虚飾も忍耐力も持ち合わせていないし、そういう物を手に入れたいとも思わない。

だが、五日に及ぶ自転車旅行の終わりに見る東京亜大陸は、間違いなく本物だった。虚構ではなく、本物だった。空気も水も汚れきってはいるものの、そこで人が生活している、文明の灯がともっている、本物の街だった。
目頭が熱くなる。東京に帰ってきて嬉しい、と感じたのはこれが生まれて初めてだ。

峠や闇や海といった大自然を肌で感じた僕は、自分の無力さを痛感している。
今の僕には、この地球という大地を自分だけで踏みしめて立てるような力はない。であるならば、水も空気も汚い東京での生活がどれだけ嫌だとしても、この文明の中でサバイバルしなければならないのだ。その力が、この大地に誰にも頼らずに立てる力が自らに備わるまで。
今回の旅行を通して、そんな当たり前のことに今さらながら気付いた僕だった。





これから、僕はどう生きるのだろうか。
研究室・卒業論文はどこにするのか、就職するのか、就職するならどの会社なのか、・・・・、今まで育ててくれた親に反対されても世界一周に旅立てるのか。そもそも、将来何になりたいのか、何をしたいのか。
親に守られて生きてきた僕。Que sera, seraとだけ唱え、何も考えていない僕。そんな僕の前には、これから数々の障害・分岐点が待っている。
そこでどういう選択をするか、自分の夢を追い続けることが出来るかどうかは、僕自身が燃え続けることが出来るかどうかのみにかかっている。もし燃え続けることが出来るならば、夢は叶うものだ。

Que sera, sera―なんとかなるさ、なるようになるさ

次回―知らなすぎていた男

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東京亜大陸横断記

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