ぼんやり四国路、自転車に酔う



ある種のライダーズハイであろうか。ずっと自転車に乗って旅行していると、日付と曜日の感覚が無くなってくる。体が透き通ってガラスになるような気がするのだ。
「君、何日目?」
道中会う人によく聞かれる質問だが、この質問は日付と曜日の感覚を失ったガラスの僕には少し酷過ぎるのだ。



○足摺岬公園線

四国で限りなく最南端に近い足摺岬には、椿などの亜熱帯植物が群生している。桜の木はまだ三月だというのに葉桜となっているが、灰色の幹をあらわにした小さい椿にはまだ葉が茂っておらず、白樺状の幹を露にしている。そんな木々が木のトンネルを作っている。高い展望台から見ると、中に道が出来ているとは思えない。道から見ると枝の合間から青空が見える。風の谷のナウシカに出てくる森みたいな感じである。

そんな足摺岬のある足摺半島は花崗岩大地が沈降と隆起、海食を繰り返しできた半島であり、海岸線にはリアス式海岸特有の崖が延々続く。県道27号線(足摺岬公園線)はそんな足摺半島の海岸線の崖にはりつきぐるっと一周している。アップダウンが激しい。中々つらい。

足摺岬は有名な観光地だけあって、交通量もかなり多い。そんな中、ヤンキー風のワゴン車が二台猛スピードでやって来た。窓を開け放して親指をグイッとたてて窓から突き出し「イェーイ。頑張ってるかぁい」と気取った挨拶をしてくる。ったく、人の苦労も知らないで。


○足摺半島の穴場

自転車のスピードでないと見落としてしまうほどちっぽけな鵜ノ岬展望台に立ち寄る。さらに五分走ると白碆展望台。この二つの展望台は全く人気がないが、足摺岬よりもはるかにいい景色である。白碆展望台から東を眺めれば足摺半島のリアス式海岸。その沿岸部は肌色にはげた崖、その崖の上に南国風の植生が広がっている。海の青碧〜紺碧色、崖の肌〜白色、木々の灰色と萌黄色の斑模様、これらがトリコロールをなしている。西を眺めれば土佐清水市街から叶崎まで続く海岸を一望できる。


○道の駅

足摺岬のある土佐清水から愛媛南部の御荘にかけて、わずか70km程の間に道の駅が四つ連続する。めじかの里土佐清水、大月、すくも、みしょうMICである。

めじかの里土佐清水
たこ焼き、アイス、食堂など食べ物には困らない道の駅である。たこ焼きは10個200円。大きさと味はイマイチだが、そこそこの安さなので合格点だ。土佐ジロー卵アイスはかなり怪しい。味がおかしいのだ。「青のり味」だとか「カルシウム味」だとか「さつまいも味」だとか。ゲテモノ食いの僕は気に入ったが、果たして普通の人が気に入るのだろうか。

大月
道の駅大月は公園と一体となっていて、背後の斜面には「ふれあいパーク大月」なる総合公園がある。ゲートボール場、テニスコート、野外シアター、100m以上ある滑り台。駐車場ではふれあい市という朝市も開かれるそうである。付近には人家はわずかしかない。宿毛側に歩いて20分ほど行くと小さな商店がかろうじて見つかった。僕はここのゲートボール場でテントを張らせてもらった。

すくも
宿毛市街直前にある道の駅。宿毛湾に面しており、宿毛湾に沈むダルマ夕日で有名である。ダルマ夕日とは11〜2月の冬期気温が低く、大気と気温の温度差が大きい日に観測される一種の蜃気楼である。日の入り直前二つの太陽が近づきダルマのように見えるものだそうだ。

みしょうMIC
上記の三つと比べて、かなり小さい。御荘市街地にある。道路情報を伝えるテレビと小さなお土産屋があるだけで特筆すべきものは何もない。MICが何を意味するのか道の駅の職員に聞いてみたが、誰も知らなかった。


○サニーロード

国道321号線(足摺サニーロード)。321だからサニーというあたりはどーしよもない下らなさだ。中村と宿毛を土佐清水経由でつなぐ。

土佐清水以西は交通量も少なく、非常に気持ちの良いシーサイドコース。竜串海岸では岩が洗濯板状になっている。この竜串海岸には約2000万年前に堆積した砂岩泥岩互層が分布している。この洗濯板状の地形は大竹小竹と呼ばれ、互層の浸食されやすさが異なることに生成要因があるそうである。竜串ではこの大竹小竹以外にも不思議な地形が色々観察される。


○スカイラーク

宿毛市街では国道56号線(宿毛街道)と久しぶりの再会である。右手にJoyfulがある。久しぶりに文明的な食事である。

スカイラークといえば、ガスト、スカイラーク、バーミヤン、ジョナサンなど系列に類似したファミリーレストランを多く抱えるレストランチェーンである。日本最大級のレストランチェーンといっても良かろう。ただ、系列店間の同士討ちや少子化の影響で業績が徐々に悪化している。そのため経営戦略を大幅に見直し、店舗数の削減、系列店の高級化、多角化を推進するそうである。

自転車旅行をしていてド田舎で食事に困ったとき、必ずといっていいほどスカイラークが救世主になってくれる。こんなに田舎に店を構えていて大丈夫なのか、と常々思っていた。けれども、そのスカイラークが無くなるっていうのは自転車旅行者にとっては死活問題だ。できれば店舗数はそんなに削減してほしくないんだがな。

○農林水産業

自転車で旅行すれば、その土地の産業が肌身に染みて感じられる。

柑橘類やトマト、ねぎ、キャベツ、レタスなどが無造作に道端に置かれている。ガラスの瓶が置いてあって、そこに代金をいれるようになっている。良心市、ないし無人市と呼ばれているようだ。通行人を信頼していないと、そして、農作物が供給過剰でないと絶対にありえない光景なのだが、高知県入りして以来ずっと目に付く光景だ。

愛媛県に入ると良心市はなくなるが、ミカンの段々畑が非常に目立つようになる。国道のすぐ脇にあるミカン畑に向かってトロッコのレールが延びている。

宇和海には生簀がたくさん浮かんでいる。阿古屋貝の養殖でもやっているのだろうか。


スーパーではトマト6個180円、牡蠣フライ5個180円。安い。あまりにも安すぎる。

ちなみに牡蠣は僕に国語という科目のいい加減さを教えてくれた食べ物だ。小学生の頃、「カキは海の幸。ヨーロッパでは海のミルクと呼ばれ、揚げるとうまい。」という趣旨の文章が国語のテストに出た。貧乏人の息子である僕は「カキ」といえば柿しかしらなかった。そのため「柿=海の幸?柿を揚げるのか??」と非常に困惑しながらも、適当に答えを書いたものだ。なのに結構いい成績だったもんだから、「国語の問題っちゅうんは、文章を理解したかどうかを見るもんやなくて、文章を理解したフリを出来るかどうかを見るもんなんやな。」と子供心に悟ったものである。


○あやしいおじさん

津島大橋付近でザックを背負った「おじさん」と出会ってしまう。僕を無理やり引き止めて身の上話を始めた。

昔はさる一流企業で重役だったそうだが、バブル期に株で一億五千万借金をこさえてしまい、退職金と家で九千万は返したものの自己破産。生活保護は家がないので受けられず、妻にも逃げられた。傘の骨で自動販売機の下をまさぐりお金を集めながらここ五年ほど日本中をひたすら歩き回っているそうだ。

怪しい人物だ。怪しすぎる。「君、100円の食パン一斤を買ってきて二日間食いつなぐんだ。でもな、慣れるまでは一斤で一日しか食いつなげなかったんだよ。」すごい「おじさん」である。「野菜は一日にこれだけ食べましょうね。」だとか、「バランスのいい食事を。」だとかよく栄養士が言っているけれど、この「おじさん」にかかっては唐人の寝言に過ぎない。かなり怪しい人物である。・・・作り話じゃないだろうな。いや、実はこれで強盗まがいのせびりなのかな、と一抹の不安を覚えて財布をそっと確認する。カンボジアだとか、レバノンの難民キャンプで取材するレポーターには、子供達がたかり泣き落として、胸ポケットのボールペンまでもせびってくると言う。ここは日本だからそんなことはないと思うが・・・。

この人の場合は「株」という名のギャンブルで自己破産したんだから同情の余地は全くない。「株」なんかやるやつが悪い。だが、日本中のホームレスの方は住所がないので生活保護を受けられないのだ。痒いところを掻かない行政。これは日本の行政の問題点の一つだろう。

ちなみに、今年の1月、公園に張ったテントを住所として生活保護を受けられるという判決を大阪の裁判所が下したそうである。まだ係争中で確定はしていないが、興味深い判決だ。


○トンネル防犯カメラ

御荘から宇和島市街まではトンネルがいくつかあるのだが、ほとんどのトンネルで車用トンネルと歩行者自転車用トンネルが分かれている。かなり広い歩行者自転車用トンネル。しかも赤外線センサーで自動点灯する照明つきである。ハイテクだ。しかも、防犯カメラまで完備している。ここではさすがに野グソできない。四万十川では出来たのだが。

ただ、この区間で最も長い1710mの松尾トンネルには、歩行者用トンネルがない。肝心なところに歩行者用トンネルがないのはなぜか。理由を推測するに、市境だからだろう。北宇和郡と宇和島市の市境なので責任の押し付け合いをしているに違いない。痒いところを掻かない行政である。あまりにも怖いトンネル。ここを通る前にはいつ死んでもいいように、念仏を一回唱えておくべきだ。


○宇和島地獄のトンネル連続

宇和島市は人口数万人という話を聞いていたが、意外と大きな地方都市である。さすがは伊達氏十万石の城下町。この宇和島市街からは国道56号線(宇和島街道)で北上。宇和島以北は交通量が非常に多い。一時間ほど行くと小名トンネル。ここからトンネル地獄が始まる。小名トンネル、第一白浦トンネル、第二白浦トンネル、第三白浦トンネル、第四白浦トンネル、第一玉津トンネル、第二玉津トンネル、第三玉津トンネル、第四玉津トンネル、第五玉津トンネル、法華津トンネルまで約3kmの上り坂にトンネルが11個連続している。最後の法華津トンネルに至っては1320m。悟空が変身して「スーパーサイヤ人の限界を超えたその先の限界を超えたその先の・・・」サイヤ人になる度に、いい加減にしろ、と子供心に思ったものだが。このトンネルのしつこさも悟空並である。

ただこのトンネル地獄、景色は良い。トンネルの合間から西を眺める。国道56号線脇に菜の花が咲き、一分咲きの桜が二本立っている。あと一週間もすれば梢の雪が美しいだろう。すぐ奥にはJR予讃線の単線が並走している。辺り一帯の斜面にミカンの段々畑。ミカンの段々畑は木が一列に植えてあり遠くから見ると仙斎茶色と萌黄色の縞模様に見える。まるで標高線みたいだ。一番奥に法花津湾、宇和海。白い薄曇の空からは優しい光が降り注ぐ。


○謎のメールとWBC

友人から謎のメールが来る。四国に来る前に「これから四国に行ってくる。充電できんかも知れんし戻るまでメールするんじゃねーぞ、楽太郎。」と告げておいたのに連絡して来るとは何か重大な事情があるか、大切な腹黒友人が老人ボケしてしまったに違いない。曰く、

「フォーキターー
まさか見てないの〜〜?
チョ→楽しかった!」

気になって仕方がない。やむなく八幡浜のビジネスホテル「八昭」に泊まり、テレビをつける。

「は?????」である。ついさっき、王ジャパンがWBC制覇したのだ。友人のキターーってのはこのことだな、多分。僕が四国に旅立った日は二次リーグ初戦のアメリカ戦で「タッチアップが早い」とイチャモンつけられて、二次リーグ敗退が濃厚だったんだが。「あ〜あ、アメリカに負けたのか。一次リーグで負けた韓国と同じ組だし、もうダメだな。現世に絶望した。さようなら。」と思って四国に来たんだが。知らない間に二次リーグを突破して優勝してしまったのか。現世もまだまだ捨てたもんじゃないぜ。

友人のメールがまた来る。
「現世離れている間に大学の図書館の入館貸し出し学生証に変わるし!

俺の母親はHGのマネにはまり出したどうすればいいのか・・・自分の母親がフォーと叫びながら腰振るの想像して下さい」

う・・・。想像するだけで気分が悪くなる。なんでその二つの話題を一度に送ってくるかな。大体そんな相談、おもいっきり生電話のみのもんたにでも解決してもらえ。俺に持ってくるな。まあ、「それはお母さんも悪いよ。」だとか「別れた方がいいよ。」とテレビで一喝される奥さんみたいに、みのに一刀両断されて終わるだろうが。

「でも、あの人、そんな悪いことするような人には見えなかったのに・・・。刑事さん、絶対何かの間違いです。」
刑事ドラマの真犯人のような返事を返す。

東京で今日桜が開花したらしい。十日も浮世の出来事から離れていると、色々と吃驚することばかりだ。既に日付、曜日の感覚はない。住所が自転車となって久しい僕は、完全に浮世離れしてしまっている。



3月20日
走行時間6時間9分
走行距離99.41 km
平均速度16.1 km/h
最高時速53.3 km/h
総走行距離564.3 km


3月21日
走行時間7時間3分
走行距離119.12 km
平均速度16.8 km/h
最高時速55.0 km/h
総走行距離683.6 km

次回―鏡の国の佐田岬

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