鏡の国の佐田岬



3月22日

8時起床。いきなりの雨。でも、じっとしていると暇である。そりゃ、本ぐらい持ってきているが時速20kmで移動するのになれた僕の体は自転車を無性に求める。コーヒーカップに乗った直後体がクルクル回っているかのように錯覚するが、あれと同じことだ。

そう思いながら外を見るとなんだか小降りのような気がしてしまう。9時合羽を着て出発。たまらなく暑い。僕の合羽は100円ショップの安物なので蒸れるのだ。

伊方町に入ったあたりで雨脚が激しくなる。やっぱり今日は休めばよかった。後悔。ずぶ濡れになりながらひたすら上り坂を上ると佐田岬メロディーライン(国道197号線)。高知と大分を結ぶ国道197号線のうち佐田岬半島部分を特別に佐田岬メロディーラインと呼ぶ。この佐田岬メロディーライン、佐田岬半島の尾根線を豪快に貫く。初め尾根線まで上った後は、そこまでアップダウンのない快走路だ。人口一万人強しかいない佐田岬には不釣合いな立派な道路。

10時45分、道の駅伊方きらら館。原子力発電所の宣伝施設が併設されている。きらら館から北を眺めると伊方原子力発電所。なるほどね。佐田岬メロディーラインは原子力発電所を建てるための飴だったのか。道理で立派過ぎるわけだ。ちなみに、伊方原子力発電所は三つの原子炉を有する原子力発電所で、四国で消費されている電力の40%強もの電力を生み出している非常に重要な発電所である。脱原発の一言で簡単に廃止できるようなものではない。

しかし、脱原発という言い方は何とかならないのか。「脱○○」という語にはいいイメージが無い。悪いことのように聞こえてしまう。脱牢、脱獄、脱走、脱監、脱営、脱船、脱藩、脱税、脱法、脱毛 。特に親父がアルシンドハゲの僕は、最後の語なんて見るだけでアレルギーを起こしてしまう。頼むからもうちょっとマシな言葉をつけてくれ。

ものすごい水飛沫が尾根の上を北から南へ風に乗って「流れている」。まるで川のようだ。原子力発電所の冷却水に使った海水である。勿論安全なのだが、見ていて気分のいいものではない。一時間ほど雨宿りすると雨がかなり小降りになる。雨が小降りになると進み本降りになると雨宿りする。西部戦線の激しい塹壕戦で敵の射撃の合間を縫って少しずつ前進していく連合軍のようだ。

半時間弱走ると道の駅瀬戸農業公園。この瀬戸農業公園の北に見える三机湾は日本のパールハーバーだそうだ。やや誇張ではあるが確かにいい景色である。

13時半過ぎに三崎港。国道197号線はここから海を渡り大分県へと続くのだが、海の上はフェリーが担当するという中々珍しい国道である。・・・といえば聞こえはいいのだが。性格が悪い僕は、九四架橋構想があるから国道197号線は大分と四国にまたがっているんじゃないか、と思ってしまう。淡路海峡大橋、大鳴門橋、瀬戸大橋、しまなみ海道、関門橋、九四大橋。和淡大橋が加われば、丁度七つの橋と四つの島。ケーニヒスベルクの橋と全く同じではないか。一筆書きできるかどうか気になってしまう。「ケーニヒスベルクの橋」にちなんで「ウェイスト・オブ・マネー(waste of money)の橋」としよう。諸君、一筆書きできるかどうか考えてもらいたい。先着一名様に限りThe Beatlesのレコード「Taste of honey」を贈呈。

風雨が徐々に強くなるが14時、三崎港出発。県道256号線(佐田岬三崎線)で四国最西端の地を目指す。佐田岬三崎線とは舌を噛みそうな名前である。この佐田岬三崎線は言いにくいだけではない、非常に走りにくい。何せ道は狭いし、アップダウンは激しいし。岬の先端部ではヘアピンカーブがひたすら続くし。雨でスリッピーなので上りのヘアピンはしんどいし、下りのヘアピンは怖い。「お前はもう死んでいる。ひ、ひでぶー。」

15時40分、佐田岬灯台Parking。既に疲れきった体に鞭打ち歩いて岬の突端へ向かう。椿が咲いている。半時間歩いて岬十三里と呼ばれる、日本一細長い半島の西端、四国の最西端についに到達した。

白色をした灯台が豊後水道をにらんでいる。天気がいい日は九州が見えるそうだが今日は天気が悪くて見えない。強くなる風雨にめげず岬に「一人」直立不動のその灯台。この世の最果てといった雰囲気である。アララト山に方舟で漂着したノアの気分である。

佐田岬先端に佐田岬灯台キャンプ場がある・・・のだが、かなり危険な香りのするキャンプ場である。砂浜に作られたキャンプ場。非常に強い風。人里離れた立地。「ここでキャンプをするのは自殺行為だ」と野性の本能が叫んでいる。やむなく引き返した。

来るときと同じ県道256号線。来るときは右手に伊予灘、左手に宇和海だったが、今度は左手に伊予灘、右手に宇和海である。鏡の国に入ったようだ。くねくねとした道、延々続くアップダウン、激しくなる風雨、全くない人気。厚く垂れ込めた雲でただでさえ暗いのに、夜が近づき徐々に闇が迫る。気は急くのだが、ヘアピンカーブが延々続き全然前に進まない。丘へと続いているように見えるものの、歩いている内にひとりでにグネグネと曲がり、出発点に戻ってしまう道が「鏡の国のアリス」に出てきたが、その時のアリスの気持ちである。永遠に三崎へ帰れないかと思ったほどだ。

18時三崎へ。ツーリングマップルにのっていたライダーホステルWalk on。場所が非常に分かりにくい上、看板は全くないし、目立たない宿、電気がついていない上ドアも閉まっているので休業かと勘違いしてしまいそうな外観の宿。少し不安になりながら、ドアに掲げてある電話番号に電話してみると、今から開けてくれるとのこと。

経営者は音地秀樹さん。柳葉敏郎にそっくりである。バイクが好きで、ライダー達のために趣味でライダーホステルを開業したものの、中々軌道に乗らず、ミカン農家のバイト、フェリーの係船のバイトをしているため、基本的に不在で電気もつけていないのだそうだ。愛媛がミカン大国であることは十分知っていたが、まさか「ミカン農家のバイト」なんてものがあるとは思わなかった。真新しいフローリング、電磁調理器、炊飯器、冷蔵庫、二段ベッド×3、ござと臨時用の寝具、こたつ、TV、風呂トイレ別、乾燥機代わりになるエアコン完備、ファンヒーター、勿論ハンガーや食器類や調理用具は備え付け、コーヒー飲み放題、デコポン(不知火)食べ放題。ギバちゃんの親切が備え付けの家具ににじみ出ている。窓からは三崎港の灯火が見え、中々風情がある。かなり条件はいい。しかも、一泊2800円。場所が分かりづらいことと、ギバちゃんが基本的に不在なので休業であると勘違いしてしまうこと、看板がないこと、要するに宣伝広告を除けば完璧な宿なんだが・・・。とにかく、非常にいい宿なのでこの周辺に行く予定のある方には強くお勧めする。明日の朝も早いんだよ、すまんな、と言いながらギバちゃんは帰っていった。

僕はコーヒーが全く飲めない。生粋の紅茶派である。ウヴァ、アール・グレー、プリンス・オブ・ウェールズ、紅茶のことならある程度分かるが、コーヒーのこととなるとエスプレッソとカフェオレの区別も付かない人である。友人ないし恋人とはなるべく喫茶店に入ることにしているのだが、ちょっと気を抜いた隙にドトールなんかに連れて行かれてしまうともう地獄である。
「おんどりゃー、テメー、ワシがコーヒー飲めへんの知っとるやろが、ボケ。何してけつかんねん、喧嘩売っとんのか、このドアホ。ワレいてこましたんど。エエ加減にさらせよ、カス。」
なんて連れに喧嘩売るわけにも行かず、かと言って今更、
「いけずやな〜。うち、コーヒー飲めねん。ホンマカンニンな〜。」
などと恥ずかしいことを言い出すわけにもいかず、我慢してコーヒーを飲むのである。
だが、この宿で飲んだコーヒーは、生まれて初めて美味しいと感じた。やっぱり、味覚ってのは雰囲気で大分変わるもんだね。

「スパ王」と「ラ王」を食べる。この「スパ王」と「ラ王」、どこで買ったものか皆さんは分かるだろうか。記憶力が非常に良い方ならば分かるのではなかろうか。実は、これ、フェリーから降りるときに買ったものなのだ。船内でしか使えないプリペイドカードを押し付けられたため、後先考えず買ってしまった「スパ王」と「ラ王」。買ったときは、お湯なんて簡単に手に入るだろ、と思っていたのだが、まさか四国を半周してくるまでお湯が手に入らないなどとは夢にも思っていなかった。まるで大富豪で革命を起こされてしまった後、手札に残ったスペードのキングみたいなものである。役に立つと思っていたら、実は、かさばるし、重いし、とにかく邪魔なお荷物だったのだ。お湯の有難さをしみじみと実感した四国半周である。

宿泊者ノートを読む。
「花は咲くから美しく、人には出会いがあるから、想い出が出来ます。 その旅で何かみつけて、大きくなれ、そして歩み続けろ」
なんて読んでいるこっちが恥ずかしくなるようなことを書いている人。
「年なんが旅出来んのんじゃないよ。言いわけいっぱいしてから。あきらめとる人らが旅する気になれんだけなんよ。しんどいけどやっぱ旅は楽しい。」
と方言丸出しで熱い気持ちを書きなぐっている人。
「私、訳あって死に場所を求めて旅してきました。ですので、名前と住所は書けません。勘弁してください。でも、音地さんの優しさが身に染みました。あの世へその優しさを持っていこうと思います。」
という背筋の凍るようなことを書いている人。「念のために言っておくと、ホテルや民宿で宿泊者の名前と住所を書かせるのは、旅館業法で定まっているからなんだけどな。伝染病が発生したときに、感染源を特定するのに必要なんだけどな。この人そのこと分かっているのか。」なんて、そんなツッコミを寄せ付けない重苦しい書き込みである。
マニアックなことを書いている人だけじゃなくて、
「昨日まで四国を一周して来ました。明日から九州じゃー。最後の休み、満喫するでー。」
なんて極普通のことを書いている人もいる。まあ色んな人がいて、兎に角面白い。読んでいるうちに日付も変わった。



3月17日
走行時間5時間17分
走行距離74.84 km
平均速度14.1 km/h
最高時速56.2 km/h
総走行距離758.5 km

次回―十一手目のアリス、呼び戻し

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四国三界一周十二日記

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