野グソをプロデュース。



3月19日

梼原川に釣りに行くという四人組も道の駅でキャンプをしていた。四国カルストか。まだ三月だぞ。雪とか大丈夫なのか。というか、四国カルストは冬期閉鎖のはずなんだが。四人組は「?」を顔に浮かべている僕を置いて自動車で去っていった。四国カルスト、また四国に来る時は絶対行ってやろう。

7時出発。国道56号線。国道56号線は高知市を起点とし、松山市まで須崎、中村、宿毛、宇和島、大洲などの地方都市を結ぶ道路である。交通量が多い場所と少ない場所がはっきりと分かれている。須崎から南下する道の交通量は結構多い。しばらく南へ走ると966mの焼坂トンネル。真っ暗なトンネル内で後ろから自動車に次々抜かれて非常に怖かった。

7時40分、久礼。久礼湾脇のちっぽけな町だ。だけど、自転車族にとっては非常に有名な地名。なぜか。標高293mの七子峠まで延々上り坂が続くからである。標高293mといわれると低いと思ってしまうが、上り坂の距離が尋常ではない。7kmもある。この上り坂を別名「久礼坂」という。しかもこの坂、四国一周をしようと思えば必ず通らなければならない坂なのだ。

今回の自転車はギア比だけは贅沢なので歩かないでもなんとか前には進む。延々と続く上り坂。左手に大坂谷川を眺めながらひたすら上る。7kmの上り坂を丁度一時間で休むことなく上りきった。無休憩で。自転車のギア比に助けられたね、ホンマ。

振り返ると大坂谷川のV字谷。そのV字谷に向かって尾根線が入り組んでいる。その向こうに微かに太平洋が見える、ような気がする。峠で休憩。停まっているとまだ少し肌寒い。

9時20分出発。すぐに右折して大野見トンネルから四万十川を目指す。地元民がトンネル脇で木の剪定をしている。爽やかに挨拶をし、その傍らを一気に四万十へ下り降りる。ホーホゲロョゲロ、鶯とカエルが鳴いている。

山間をくねくねと蛇行する県道19号線(窪川船戸線)と四万十川。日本最後の清流四万十。滔滔とした流れ。県道19号線は必ずしも清流脇をずっと併走しているわけではない。田園風景あり、上り坂あり、山中杉林の道あり。昨日の大雨の影響で枝や葉が折れ石が散乱している箇所もある。メリハリが利いている。走っていて楽しい。

上流ではやや緑っぽい色をしていたが、下っていくにつれ濃青色を帯びてくる。のみならず、下っていくにつれ段々お腹が痛くなってきた。というわけで野グソをプロデュースだ。「清流四万十の源流で野グソをプロデュース」う〜んなんとも奥ゆかしき光景ではないか。これぞ日本男児の本懐だ。よし、野グソよ、太平洋まで競争だっちゃ。

男女雇用機会均等法が国会で審議されていた頃、自民党の大幹部が「平等、平等ってそんなことは女が立ちションできるようになってから言え。」と今なら問題になりそうな名言を残したそうだが(岩波ジュニア新書「新聞記者の仕事」)、その大幹部にしてもまさか「清流四万十で野グソ」なんてやつは想定外だろう。つまりこの清流四万十で僕は日本という法治国家にとって想定外の存在、国家を超越した存在になったのだ。「僕に国境はない。」カッコよくきめたつもりになる国際派の僕。

アメリカビルボードHOT100で歴代最多のトップ10入りを果たしている超大物ミュージシャン、女王マドンナが去年久しぶりに来日した時、「また日本に来れてとっても嬉しいわ。だって温い便器で用を足せるのですもの。」と言ったそうだ。マドンナをしてそう言わしめるほど日本は便器分野で世界最先端の技術力を持っており、他の追随を許さない。タイの難民キャンプで、節水機能の充実した日本製の便器が、バリ島にある星五つのホテルのスイートルームで、座り心地のいい温かい日本製の便器が大活躍しているのである。その日本でまさか野グソをする羽目になるとは僕自身も思いもよらなかった。つまりこの清流四万十で僕は僕自身にとっても想定外の存在になったのだ。自分自身を超越した存在になったのだ。自分自身を超越するって、一回り大人になったってことじゃないのかな。

どこまでもポジティブな僕。

おっと、こんなことを書いてしまうと「清流四万十を守る会」だとか「清流四万十を見守る会」から抗議状が届いたり、場合によっては家が投石で埋まったりするかもしれない。だから書き直そう。四万十川源流を下っていると、余りにもの美しさにお腹の痛みも忘れてしまった。だから四万十川で野グソをしなかった。小便もしなかった。

念のために皆さんには警告しておこう。良い子の皆さんは決して野グソをしないように。もしどうしても野グソをしなければいけないのなら、紙を用意してするように。

下る。下るにつれ沈下橋が目に付くようになる。さすが清流である。どこまで下っても美しい。斉藤惇夫さんの「ガンバとカワウソの冒険」小学生の頃とっても好きだった本だ。地形も似ているしそのモデルは間違いなくここだろう、と勝手に思い込む。カワウソは最早四万十川以外では完全に絶滅し、特別天然記念物に指定されてしまったそうだ。

カワウソは陸上で生活する生き物なのだが、巣の入り口を水中に作る。そのため、敵は寝首を掻くことができない。また、その巣の入り口から巣の中心部までは細長いなだらかな上り坂が続いており、体についた水滴をその上り坂の部分で壁が拭き取ってくれるようになっている。つまり風邪もひきにくい。これだけ計算された巣を作る、そのカワウソが絶滅するってのはよっぽどのことだぞ。日本、大丈夫か。

ひたすら下って11時半窪川の37番寺岩本寺。非文明的な昼食を食べると12時半。国道56号線(中村街道)で中村を目指す。しばらく上った後、ひたすら下る。この下り坂のことを特別に「片坂」というらしい。片坂は七子峠前の久礼坂と並び称される急坂だそうだ。それだけあって、時速は63.4km/hまで出る。もう、怖いなんてもんじゃない。ブレーキバーをひたすら握り締め続けた。

13時40分頃、久しぶりにシーサイドに戻ってきた。鹿嶋という島を眺めることの出来る展望台がある。思いつめた表情で海を見つめるかなり怪しい人物がいた。田宮虎彦ではないが、お遍路の本場四国ではかなり複雑で暗い過去を持った世捨て人もいるから、こういう人と接触せざるをえない時はとても気を使う。

風が強い。ホンマ頭にくる。14時40分、入野松原近くの道の駅ビオスおおがた。2005年版のツーリングマップルには載っていない、かなり新しい道の駅である。世話好きの地元民の自転車オジサン二人組がいた。最初の内は、僕も心底から笑顔で話していたが、徐々に雲行きが怪しくなる。本人達に悪気は全くないのだが、やたらとからんでくるのだ。一連のお決まりの質問、
「どこから来た?」
「大学生か?」
「野宿か?」
「何日目だ?」
「どこまで行くつもりだ?」
「一日に何キロだ?」
「この自転車よさそうだな、いくらした?」
に始まって
「俺の自転車見てどうしたらいいかアドバイスくれ。」
「フロントサスがついてる自転車につけられるサイドバッグ、俺も探してるんだ。どこで売ってるか教えてくれ。」
・・・本人達に悪気は全くないのだが、延々、根掘り葉掘りの質問ラッシュは続く。一時間ほど質問攻めだ。隣の奥さまだって、こんなに好奇心旺盛に根掘り葉掘り聞かないぜ。早くゴングが鳴れ、誰かタオル投げてくれと思いながら適当に答えていると、今度はこの付近の観光スポットを説明しだした。それだけで十分すぎるほど詳しかったのに、「俺たちそんなに観光スポットに詳しくないから、道の駅の人に聞いてみろ。」と言う。むげに断るわけにも行かず、形だけと思って観光インフォメーションセンターに行って聞くフリをしていると、後ろから二人組がジーッと監視している。「俺たちって親切。いい人だな〜。」という満足げな笑顔で僕を監視している。いよいよ、困ってしまった。やむなく、係員の人を呼んで
「この付近の観光スポット教えてください。」
と言う。係員の人は恐らく新米なのだろう。
「入野松原が有名ですね。」
たどたどしい観光案内。二人組の詳しい解説には全く及ばない。その一連のやり取りを聞いていた二人組が、口を挟み、
「おい、もっと真面目に教えてやれ。折角観光に来たんだぞ。あれもあるだろ、これもあるだろ、やれアレダコレダ、ウンヌンカンヌン、ナントカカントカ。」
係員を説教しだした。可哀想なのは係員である。何度も言うが、本人達に悪気は全くない。その親切心は非常にありがたいし嬉しい。でも、ちょっと世話焼きすぎだ。

入野松原は非常に大きな砂浜と一面の松林が広がっている。道の駅から松林の中へ入っていく道、非常にお勧めだ。

中村から県道340号線(川登中村線)で四万十川沿いを北上。くねくねとした細い道が続く。しばらく走って佐田の沈下橋。菜の花が咲き乱れている。沈下橋と傾いた太陽は丁度一直線。

沈下橋とは大水の時に水面下に沈むよう低く作られた橋で、欄干を持たないという特徴がある。これは流木がひっかかって洪水になるのを防ぐためだそうだ。・・・確かにすごく低い。欄干もないので渡ってみると少し怖い。

中村市街の河川敷に戻ってテントを張る。風が強い。スーパーで見た天気予報によると明日の朝の最低気温は0℃だそうだ。この風の強さで0℃はつらい、そう思った。



3月19日
走行時間7時間3分
走行距離117.8 km
平均速度16.5 km/h
最高時速63.4 km/h
総走行距離464.9 km

次回―ぼんやり四国路、自転車に酔う

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