暴風雨の室戸岬、死と向き合う一日



3月16日

満月に暈がかかっていた。

6時起床。7時頃雨がパラついてきた。同じ公園でテントを張っていた大学生に「これから室戸へ行くのか」と呆れ返られる。そう、低気圧が接近しているのだ。既に高知東部には強風注意報が出ている。これからあの室戸岬に向かうのは自殺行為だとおっしゃるのだ。確かに室戸岬といえば暴風雨で有名な場所である。グリコのビスコが人口に膾炙するようになったのも昭和九年の室戸台風のときに非常食として無償供与されたのがきっかけなのだ。それくらい昔から暴風雨で有名であった室戸岬。

でも、時計回りに四国を回っている以上、これから向かう先は室戸岬以外ありえない。逆打ちの大学生に別れを告げて南下する。雨が小降りの内に室戸まで行ってしまおうという魂胆だ。

国道55号線はシーサイドの快走路。この辺りには集落もほとんどないため信号機もほとんどなく非常に快適である。洗濯岩、夫婦岩を横目に見ながら一路南下。しかし、室戸岬まで20キロを切った辺りから雨が少し強くなってきた。もしこれが大雨だったら、バイクカバーかけてどこかに雨宿りするし、程ほどに強い雨だったら100円ショップで買ったレインコートを着るのだが、微妙な雨なのでレインコートを着るのも面倒くさい。しかし、確実に雨にぬれ体力が減っていく。

しかも、室戸岬まで5キロ辺りから突如として雨が強くなってきた。さすが、暴風雨で有名な室戸岬。限界を感じる。どこかに雨宿りしたいのだが、人家もほとんどなく雨宿りできそうな場所もない。

9時50分、室戸岬直前、青年大師像脇にかろうじて見つけた公衆便所に逃げ込んだ。おい、誰だ。夕焼けの次の日は晴れ、って言ったやつ。責任者、出て来い!

10時30分頃、雨と風が強い。半端なものではない。飛行機が着陸するような角度で雨がたたきつける。便所から見える亜熱帯性植物も風で激しく揺れている。

そんな暴風雨の中、風に吹き飛ばされそうな菅笠をおさえ金剛杖を風に取られながら、お遍路さんが「一人で」歩いていく。次から次に「一人で」やってくる。厳密には二人だそうだが、一人にしか見えない。しかし、その信心深い姿には心打たれる。ただのお遍路さんが、弘法大師のように見えてきて思わず拝んでしまう。と同時に、こんな気象条件の中、信者達にお遍路をさせる弘法大師が余程の悪人に思えてくる。決めた。今さらだけどお遍路をしよう。真言宗の信者でない僕がお遍路をしていないことは、別に恥ずかしいことではない。そう言い聞かせるのだが、雨が降ろうが槍が降ろうがそんなことにはお構いなく、歩いてお遍路をしている人々の姿を見ると、お遍路をしていないことが恥ずかしく思えてくるのである。

この公衆便所には野良猫が二匹住みついている。その野良猫に餌をやるために地元の人が自動車に乗ってやってきた。シーチキンライスを普段から差し入れしているらしい。しかし、猫はなぜかそのシーチキンライスに見向きもしない。地元民が去ると猫は僕の自転車を襲いだした。全く理由が理解できない僕。しかし、昼過ぎになって理由がやっと分かった。昼食で魚肉ソーセージとキャベツという、文明人にあるまじき昼食を食べていると、この猫、僕を襲いだしたのである。おい、コラ、俺の食料に手を出すな!「う〜う〜」と目をむいて、威嚇する。最早僕は、完全にアマゾンの野人である。

14時頃、ゴアテックスのお遍路おじさんが折りたたみ自転車に乗ってやってきた。今日は日和佐から来たそうだ。彼は30分程して歩いて山へと登っていった。根性あるなぁ・・・。いくらあのゴアテックス製の合羽を着ているとはいえ、この暴風雨の中歩きに切り替えてでも先へ進もうとするなんて。

16時過ぎ、雨がようやく上がる。出発。

しかし、風が強すぎる。強烈な向かい風に、10mも行かないうちに自転車ごと押し倒される。押し倒されたまま、今度は自転車ごと引きずられる。台風のときの中継で一般市民とレポーターが飛ばされていく映像があるが、あれを思い浮かべてもらいたい。やむなく便所に引き返す。

一時間ほど待つ。元々天気が悪い上岬の東側にいるので、辺りはかなり暗くなってきた。今日は体中ずぶ濡れだしホテルに泊まりたい。とすれば、日のある内になんとか岬の西側の室戸市街まで行かないといけない。強風は依然荒れ狂うが、出発。腰を落とし重心を低くしながら自転車を押す。風が強くて乗ることが出来ないのだ。歩いて押していても時々前に進まなくなる。荷物満載の自転車なので空気抵抗が大きいのだ。晴れていれば10秒で到着できそうな距離だったが、10分ほど歩いてなんとか室戸岬の南端に到達。

あの、室戸岬である。海食、隆起により形成された非常に特徴的な海岸段丘は有名で、室戸阿南海岸国定公園にも指定されている。日本八景にも選ばれた岬。地図上で見る限り周囲330度を海で囲まれた絶景が見られそうである、と期待に胸膨らませ歌を口ずさむ。海は広いな大きいな〜♪

二つ大きな岩があって視野が非常に狭い。その二つの岩の間から海面らしきものが少しだけ顔を覗かせているのだが、とてもあの太平洋とは思えないちっこさである。これまで走ってきた数十キロの方がはるかに景色よかった。日本八景とは名ばかり。がっかり岬である。プロのマジシャンが来ると聞いて期待していたら、マギー司郎が来た、というぐらいがっかりである。

岬の西側へ抜ける。東側では岬にさえぎられていてまだ弱かった西風がもろに吹き付けてくる。蒲田岬のタカおじさんが「ハワイみたい」と形容したのもむべなるかな、椰子の木が道路脇に延々と植えてある。しかし、その椰子の木が強風に吹かれて大きく傾いている。空を見上げるとタカが風に吹かれてふらふらとしている。こんな日に空飛ぶなよ、と言いたくなる。こんな日に自転車に乗るなよ、と言い返されたような気がする。

本当は早く室戸市街へ向かいたいのだが、お遍路をすると決めた以上最御崎寺に行かないといけない。ヘアピンカーブ三つの連続する斜度10%の坂を押して登る。この坂、段丘崖で太平洋に向けてむき出しになっているので、西風をもろに受ける。しかも、ガードレールが異様に低い。怖い。時折突風に押し倒されそうになったときはガードレールにすがりついてやりすごした。

北西を見やると岬と太平洋の間にかすかにできた平野にへばりつく様に人家が並んでいる。神戸の田舎版だと思ってもらうと、どんな景色か分かりやすいかもしれない。その太平洋は波が高い。かろうじて最御崎寺に到着。でも、お遍路の相手は17時までしかしないんだと。なんじゃそのお役所仕事は。一気にお遍路する気がうせる。こっちはさ、春休みという限られた期間で八十八箇所の寺回ろうとしてんだよ。17時まで、なんて限定されてたら絶対に回れないじゃないか。

腹を立てて坂を下る。大阪の消費者センターは全国一の相談件数を誇っている。関西人は元々クレーマーなのである。かつて大阪のユニバーサル・スタジオ・ジャパンで工業用水を飲み水に使っているという驚愕の事実が発覚したとき、その事実は大きく取り上げられた。が、流れたが工業用水を飲んでお腹が痛くなったという人のニュースはいくら待っても流れなかった。関西人は「お、これってインネンつけられるやん。」と嬉しくなる余りお腹が痛くなったことを忘れてしまったからである。

そんな関西育ちの僕は勿論クレーマーなのだ。吉野家で大盛ネギ抜きの豚丼を注文したのに並盛ツユダクが出てきたら、即座に作り直させるぐらいだ。かつて引越しの時、見積もりの五倍の金額を要求されたので激怒して本社に電話したぐらいだ。要は、ケチケチで度量が狭いのである。シェークスピアのシャイロックのモデルは僕である。ディケンズが僕のことを知っていたら、クリスマス・キャロルの主人公はスクルージ爺さんではなくてPippa爺さんになっていただろう。真言宗の信者でもないのに、お役所仕事されてまでお遍路するほど心は広くない。

風のおかげで上りよりも怖い下り。死を思わず覚悟する。下り坂を下りきり、国道55号線で室戸市街を目指す。しかし、左から吹きつける風が強すぎて自転車に乗れない。やむなく歩く。ひたすら歩く。すぐに西日は水平線に姿を消し、街灯のない国道は真っ暗な道となる。念のために持ってきたライトを点灯。

21時前になんとか室戸市街に到着。ホテルを探す。しかし、ここ室戸は電車が走っていない街だ。どこを探せばホテルがあるのか分からん。タウンページで調べるが、室戸スカイライン沿いの三箇所しかない。・・・今から室戸スカイラインを駆け上がる体力は残ってないしな・・・。ラブホテルを探してみるが、お城も自由の女神像も見当たらない。ビバークポイントを探すが公園も屋根付きバス停も見当たらない。水溜りを避けながら探し回る。

ここで秘伝の忍術指南といこう。夜道、暗い時に水溜りを見分ける方法。腰を落として低い視線で地面を見てご覧。ほら、水溜りが分かるでしょ。これ、忍者も使ってた方法だから覚えといて損はないよ。

さっきから顔が痛い。雹が降ってきたんじゃないだろうな。メガネを外してみると真っ白。なめてみるとからい。雹ではない。塩だ。海水を強風が巻き上げて、室戸市街までやってくる間に水が蒸発し、塩の塊となって吹き付けているのだ。昼はびしょぬれ、夜は塩まみれ。いい加減体力が限界に近づいてきた。今晩、ホテルに泊まれないというのは、非常に危機的状況である。

二時間近く、血眼になってラブホテルないしビバークスポットを探す。電話ボックス、パチンコ屋の駐車場、学校の校庭、所有者不明の空地、良心市、市役所の駐車場、以上がビバークできそうな場所である。この中で最も風と人目を避けられそうで、暴力団に突き出されることもなさそうな市役所の駐車場で一晩を明かすことにした。

とにかく、雨の日は自転車には乗らないことにしよう。そう心に誓った僕であった。



3月16日
走行時間4時間7分(室戸の便所まで 2時間21分、便所以降 1時間46分)
走行距離56.55 km(41.93 km、14.62 km)
平均速度13.7 km/h(17.8 km/h、8.2 km/h)
最高時速44.9 km/h
総走行距離204.6 km


参考のため、室戸の便所までの値とそれ以降の値を括弧の中に書いておいたんだけど。便所以降どれだけ苦しんだかが分かるね。

次回―聖地安芸で必勝祈願

Pippa passesのトップへ
紀行文のトップへ
四国三界一周十二日記

Copyright (C) 2004 - Pippa. Almost all rights reserved.

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送